直列つなぎ。 -とある発達障害者の記録

知識と知識を繋ぐためのblog。 広汎性発達と診断されました。ぜんぜん役に立ってないけど。月収13万円、家賃4万円で生活するひつじ人間。

ささやかな憧れ

 振り返ってみれば、自分の人生は恵まれていない。


 まず住環境からして恵まれなかった。イマイチ頭の足りない母親の部屋割りのせいで。子ども部屋がたった一つで、それを無理に分割して使っていたのである。おかげで、よく考えなくてもあまり自分ひとりの世界を持てなかったのだと言えよう。自分はどうみても内向的であり、昔から殆ど話さなかった。そんな人間が思春期に自分の部屋も持てず、自分なりの世界を育めなかった・・・のかも知れない。今となっては詮無い話だが。  


 学生時代に選んだ部活動も、自分にとって最悪なものを選んでしまった。深く後悔しているが、人生は戻ってこないのだ。山岳部という、他者とのコミュニケーションが必要な部活動を選んでしまった。文学部とか、陸上部という選択肢はなぜか自分の中で第一候補に挙がらなかった。



 自分の趣味、思考も受動的なもので、何かを作り出そうという意思に欠けていた。友人はいなかった訳じゃないが、あくまで受動的に向こうから言い寄ってきたもので、今では意味が無い関係だったと思っている。当然やりとりなどしていない。目的もなく、前に進めもしない関係はもう要らないのだ。



 その後も長い話になるが、総じて失敗ばかりの人生だったと思う。選んだ大学も、親の外圧が原因で選んだ専門学校も・・・・もう、うんざりだった。これじゃ、まるで悪夢だ。



長い時間を経て、少しづつ、自ら行動することの重要性と、ささやかな達成感を得た。日本というものの無駄を見て、感じて
きた。親のもっともらしい理屈や義務の空虚さを感じ取り、「自分にとって最早意味が無い」と感じるようになった。




 父特有のもって回った言い回しと強引さ、母の時折起こすヒステリックな怒り、何より部屋を片付けろだの、家事をしろだのと言われるのは、世間的には当然なのだろうが、自分にとっては束縛するものでしかなかった。
 彼らは家事を「必ず」「毎日」「完璧に」やることを求め、中途半端さを嫌った。自分のような発達障害者にとっては、まず「完璧に」やることが一番難しく、「毎日」やることも劣らず難しいのだった。そうでなければ家事ぐらい問題なくこなすのだが。
なにより、こうして書いてると厳しいようでいて、実は中途半端に甘い部分があるのだった。単に自分たちが不快に感じたときだけ、妙に厳しいのである。少なくとも、自分はこう感じる。




 
 そして、その後もうんざりするほどの金の無駄と非効率、親の外圧から、やっと勇気を出して逃げ出してきた。それも、親の相談も無く無断でアパートを契約して。自分としてはあまり例の無い行動だった。反対されても出なくてはいけないと思った。あの両親は、あまりに窮屈で、自分の行動を束縛しすぎる。ここにいたのでは何も出来ない。そう、思った。

 

 そして、今はささやかながら憧れを抱いている。いや、昔からあったけど、形にしようとしてこなかった憧れが。
父に束縛され、母に3ヶ月に1度は「もっと普通になってよ!」とヒステリックに喚かれ、役にも立たない友人の趣味に付き合わされる中で、「自分」というものを持てないでいた自分自身。そういったしがらみから自由になりつつある。
実のところは、父に反対され、否定されることを恐れるだけだった人生なのだろう。異常なことだ。



 ・・・・・とはいえ、もう30歳。憧れを持つには、あまりに遅すぎるような気がする。金も無く、真っ当な学歴も無い。
彼らと同じようなものを生み出そうにも、あまりにも足りない。一般的な学生にも劣る。客観的に見て、惨めな境遇だ。
だが、諦めたくはない。どうせ他にやることないのだし。というかとても退屈なのだった。
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